保守とリベラルがセクシャリティ多様性を考える上で一つの答え

セクシャリティマイノリティと社会全体の折り合いをどうつけるべきか?

 アメリカ大統領選挙で民主党バイデン氏が大統領になり、リベラルよりの政策がなされている。少数派への配慮はもちろん大事だ。ただ…、

アメリカでトランスジェンダー女性が女性スポーツ大会に出ることで議論が割れているね。

バイデン大統領令にLGBTQが歓喜もスポーツ界からは懸念の声

トランス女性選手が陸上競技女子の枠でトップ独占し、生物学的な女性選手が苦境に。スポーツの公平性を訴える動画が話題に

セクシャルマイノリティの私から見て(アスリートではない)、個人的には少し疑問を感じる。同じ印象を持った当事者は少なくないだろう。

「日本のセクシャルマイノリティ政策は欧米に比べて遅れている」とよく言われる。確かに、同性婚について建設的な議論を進めるべきだ。しかし欧米の権利を過度に主張する事で両者の分断が大きくなっていることは見過ごせない。

 今回のような話なら、様々な境遇の人々が金銭・利権面でバッティングする。個々の「人権」は当然大事だが、社会全員の「人権」も総合的に観て判断することになる。数年後にはみなで話合いの元、トランス女性の大会参加に一部制限が加えられるかもしれない。一部にしわ寄せが集まらないようにとはいえ、少数派はどこかで我慢をしないといけないのかもしれない。

周囲の配慮に欠けるからでなく、どこにもぶつけようのない苦しみがある

 セクシャルマイノリティは自殺率や精神疾患率を異性愛者側と比べれば高いだろう(詳しいデータは分からないが)。私自身も、悩むことは多いし、過去に精神病にもなった。これは周囲の配慮が足りないからだけではない。

 まず、①セクシャルマイノリティが少数派だからだ。異性愛者は出会いが単純計算で10倍※1あること、自分と相手の子供を持てること。私は素直に羨ましい。勿論、これらは異性愛者側が悪い訳ではない。

 また、法律で当事者を守ることも気になる点が…。アウティングを法律で禁止・罰則をつけるかについても議論が割れている。不本意なアウティングは当事者への精神的ダメージが非常に大きい。一方で、御田寺氏・松浦氏が指摘するように法律でアウティングの罰則規定をつければ、異性愛者は「私にはカミングアウトしないでくれ」と当事者に近づきたくないだろう。異性愛者側の言い分も分かる。つまり、同性愛者の権利を法でガチガチに守ると、結果的に社会と調和できないかもしれないジレンマがある。当事者にはどちらに転んでも、悲しい現実がある。

「LGBTの差別禁止条例」がむしろさらなる差別を招くという矛盾

【松浦大悟】ANTIFA(アンティファ)に染まるLGBT

 他にも、②あるべき社会通念について。LGBT支援団体は当事者を守るためにもジェンダーフリーな思想を推奨している。(フェミニズムも古典的ジェンダーロールから解放する思想を推進していて、最近は一部過剰なポリコレではないかと思うことも。)しかし、リベラリズム思想が強いフィンランドで少子化が進んでいることが出生率から示されている。既存のジェンダー差別でなく区別された文化も守らないといけない。こういったことを踏まえると、私は「古典的生き方に捉われないことも良いが、一人の異性と惹かれあって子供が産まれたらそれが一番」と言う考えはずっとある。

「政治的にただしい社会は少子化で消滅する」ポリコレを求める人が無視する事実

ファミマ「お母さん食堂」の名前変えたいと女子高校生が署名活動、「料理するのは母親だけですか?」

 以上より、(セクシャルマイノリティである人生を謳歌している当事者もいるが、)私は、こういったどこにもぶつけようのない悶々とした感情がずっとある。そして私だけではないようだ。だからと言って、諦めや卑下した感情をどこか抱えながら生きることは嫌だ。逆に、フラストレーションが暴動を起こしたり過激な思想に共鳴することも危険だ。私には感情のコントロールがとても難しい

「理解されることは、あきらめている」 あるゲイ男性の静かな絶望

極論を言えば、活動家が「当事者にとってだけの人権=∞」な主張をすれば、完全なジェンダーレスな社会にならなければ、活動は終わらないだろう。

ジェンダーの多様性には多様な選択肢こそ必要

 このような現状に対して、「悩むのならば、異性愛者になることも出来ますがどうしますか?」と選択肢を提供できれば、救われる人もいるだろう。少なくとも、自身のセクシャリティゆえに今苦しんでいる当事者の自殺率は下がるのでは?こういう人・人権にフォーカスとして欲しいと色々な団体へ連絡してきたが、LGBT人権団体から返信は全くなかった(なぜこういった考えの多様性・人権は受け入れられない?)。支援団体からも理解を得られなければ、それこそ精神を病んでしまうだろう。活躍できないことは経済損失にも繋がる。

かつて、私は記者に取材していただき、同じように性的指向で悩んでいる当事者を記事へのコメントで再認識した。

恋愛対象と性的対象が一致しない”セクシュアリティの苦悩。「矛盾した感情に、毎日がストレスフル」

「性的指向を変えたい」29歳男性が見た深い断絶

加えて、異性愛者になりたいという意見はネットで検索すれば、やはり少なからず出てくるし、多くの当事者が一度は悩んだのではないか?

ゲイをやめたい人たちの存在

※1LGBTの割合は?日本と世界でグラフ化。[2020年最新の調査結果]

 支援団体はセクシャリティは個性と断言するが、脳の多様性についてそれが「個性」か「生きづらさに繋がってる」かは本人が感じることだ。例えば、発達障害であっても、個性か障害かは本人が決めることだ。障害と感じる人には、発達障害薬が用意されている。少し古い調査結果になるが、4人に1人は性的指向を変更できる薬があれば飲むと答えたと言う。25%とは無視できる数値では決してない。(そもそも、自分のセクシャリティに後ろめたさを感じている人間がアンケートに参加するかは疑問。つまり、実際はもっと変わりたい人がいるのでは?)

「もしノンケになる薬が発明されたら、あなたは飲みますか?」SNS上での議論、あなたはどうする?

ジェンダーを脳から考察する最新研究が熱い!

 性的指向は絶対に変更出来ないのだろうか?実は、性的指向と脳の関連は昔から研究結果に上がっている。(約30年前からショウジョウバエについて。)最近はマウスのオス・メスで攻撃行動・求愛行動をシステマチックに切り替えている脳メカニズムが分かってきた。今でも絶対に不可能と断言する人がいるが、なぜそう言い切れるのだろうか?

ショウジョウバエの脳の性別を決める分子の仕組みを解明

“求愛か、攻撃か”を決める脳のスイッチ – 東北大がショウジョウバエで発見

「フェロモン」とは何か? 妖しげな「物質」の正体に迫る

まとめ

 私は、LGBTは昔から存在して、ジェンダーは多様である事自体に社会的にも意味があると考える。勿論、私はLGBTであることが悪いことだと思っていないし、LGBTを排除しようとする思想は間違いだ。しかし、組織として行動してコミュニケーション・効率性が重視されるなど現代は生活・仕事様式が変わった。それに伴い、マイノリティは苦労することも増えたと思うし、当事者も個々で望むことは微妙に異なる。

 そのような中で近代、セクシャルマジョリティは少数派LGBTを悪いことと決めつけ、LGBTは権利主張に感情的になり過ぎたかもしれない。本人に選択権を持たせること・科学的根拠と安全性があることが大前提だが、当事者に複数の選択肢がある事はセーフティネットとも言えるかもしれない。多様性を切り捨てるのでもなく・なんでも許容を求めるのでもない。このような道を模索することは、当事者にとっても、社会全体で考えても良いのではないだろうか?

こういう脳領域の研究は、感情的に批判してアンタッチャブルなものにしてはいけない。

ジェンダーの多様性には多様な選択肢こそ必要かもね

上手い!座布団一枚!

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