保守とリベラルがセクシャリティ多様性を考える上で一つの答えーその②ー

こんにちは、Lです。

https://l-biochemical-academy.com/2021/2/29/liberal-traditional-LGBT

前回の記事を読んだ人で、

「WHOが同性愛は精神疾患ではないと宣言した、だからその発想は時代に逆行していないか?」

と疑問を持ったり、

「性的指向の変更技術が出来たら、LGB全員を異性愛者にしようと思われないか?」

と、心配する人もいるだろう。まず前提として、性的志向の変更を他人が強要することは法律で罰則を作るべきだ。

そして、私はその心配は大丈夫だと考える。順に説明してく。

WHOの宣言について

今まで国際的に精神疾患にされていたものが、そうでなくなった。これは今まで情報が足りていなかったからだ。

セクシャルマイノリティである事を、楽しんでいる人からすれば、他人に勝手に治療対象にされるのは大きな迷惑だろう。どんなことでも、他人に迷惑をかけなければその人の自由なはずだ。だから、活動家の活躍によって、当事者は同性に惹かれることで皆困っている、という誤解は解けた。

しかし、性的指向を変更したい人もいて、今の世論にはその人々の声がほとんど届いていないと感じる。これも情報が足りていないのだ。

だから新たな情報を踏まえて、医学におけるセクシャルマイノリティの位置付けを再定義するべきではないだろうか。勿論、私は「同性愛」=「病気」とは考えない。しかし、発達障害のように選択肢を提供するべきだと考える。

直近の例を挙げると、今回の裁判で婚姻届の不受理は違憲ということになった。これは、同性愛者の婚姻を想定していなかった、つまり情報が足りなかったからである。私の主張である同性愛の医学的定義も同じことで、情報に不足があれば適宜修正を加える必要があるだろう。

私が考えるLGBTが差別・攻撃される理由

私が思うに4つあり、これを解決することで差別もなくなると思う。

  • 宗教でタブー
  • 古典的生き方(異性愛)のみを良しとする教育を受けたから
  • 過去のトラウマ(同性からのセクハラを受けた)
  • 本人も同性愛傾向があるから

①宗教でタブー

宗教については、高いポジジョンにある人がなぜタブーなのかを説明すべきだ。

例えばイエス・キリストなど教祖にあたる人は、私のような青二才よりも色々な事を知り考えていたと思う。「同性愛はダメ」と本人から直接そう聞いたならそうだが、どのような文脈の中でどういう意図で言っていたのかまで考えないといけない。一部を切り取って解釈すると誤解も生まれる。また、為政者等によって宗教の教義が都合良く変更された可能性もないことはない。

セクシャリティは先天的に決まる部分が大きいだろう。先天的なものであってもタブーなのか、それとも昔は趣味のようなものと考えらえたためタブーなのか。この辺りを説明してほしい。

私が思うのは、物事は善と悪どちらかにハッキリ別れる訳ではないのでは?。例えば、「人の物を盗んじゃいけません。」について。窃盗は一般的には悪であり犯罪だ。しかし、金を稼ぐアテがない父が苦渋の決断で、「この子は人様の役に立てる子に育てますから」と思い子供の為に盗みを働く、というのは絶対的に悪かと言われたらどうだろうか?何が正しいかは立場や状況によって異なるだろう。私は他国の宗教について詳しく知らないが、善・悪を二分することで本来分かり合えたはずの争いが起きたり、自分と違う立場・状況の人への理解が遅れているのなら悲しい。

②古典的生き方を良しとする教育を受けていたから

ジェンダー差別でなく区別された」古典的生き方だけでなく、それに縛られる必要はないとすることで全員が素質を最大限活かせるはずだ。ただし、古典的生き方の概念を全部取っ払ってしまうのは反対だ。リベラリズム社会のフィンランドで出生率が下がっていることからも、統計データ的にも古典的生き方を守ることに意味があると考える。

リベラル社会が直面する「少子化」のジレンマ

③過去のトラウマ(同性からのセクハラを受けた)

これは、辛いことだと思う。同性・異性間だろうが相手が嫌がる事をやってはいけない。(念のためはっきり言うが、私は同性にセクハラしたことは一切ない)

今は、同性間をセクハラで訴えることができるようになったようだ。今までいないことにされていたLGBTの権利を保障すると共に、ないとされていた事態を踏まえて法整備を進めるべきだ。

④攻撃する本人も同性愛傾向があるから

私が言う④にあたる人は、LGBTを排除しようと激しく弾圧する人のこと。一方で異性愛者からすれば、同性愛は内心違和感を感じるだろう。それは仕方ないだろうし、このことを私は「同性愛傾向」と言っていない。ただし、その感情を公の場で言うことは良くない。

キンゼイ氏のレポートのように人の性的指向とはグラデーションだと考える。ヘテロセクシャルかゲイのどっちか100%につかない人は想像以上にいると思う。こういう人の中に不一致で苦しんでいる人がいるはずなのだ。

キンゼイ指標

同性愛嫌悪感を持つ人ほど、同性愛傾向が強いとの報告がある。自分が気になる程、相手を排除したくなるのだ。

同性愛を毛嫌いする人、自らの同性愛傾向に苦しむ人、共に感じる圧力

例えば幼児期に、好きな女の子をあえて意地悪してしまう男の子はいなかっただろうか?これに近いことが起きていると思う。心が動揺するから落ち着かせるために気になる子を排除する。でも、大人になってからしないのは、そんなことしたら気持ちが明け透けだからね。

④が一番強い攻撃モチベーションでは?

他人を強く攻撃するのは、その前に強い心理状態があるはず。①と②は他人から受けた思想だが、④は本人の感情である。だから、私は④番が一番強い攻撃のモチベーションになると考える。

ただ、こういう人は「俺もゲイの素質があるから、そばにいられたらドキドキしちゃうんだ!どっかいけ!」と言って攻撃しないだろう。上述の男の子の話と同じ。宗教や古典的生き方を口実にして、攻撃してくるのではないか?ホンネと建前ってやつだ。

性的指向を変更する医療ができたら、LGBTを排除しようとする思想が強まるのでは懸念する人もいるかもしれないが、排除しようとする④番の人が影でこっそりと使うと私は考える。

今の、LGBTに対する偏見をなくそうとする活動は正しい、しかし④にあたる人の強い嫌悪感はなくならないだろう。性的指向を本人の意思で変更出来る技術が出来ることで、④の人からの弾圧もなくなり、どちらにとっても住みやすい社会になるのではないかという私の考察だ。

性的指向を変更できる医療のデメリットは0なの?

確かにそれでも、性的指向が変更できる医療が出来ても、問題は0ではないだろう。しかし、どんなことでもメリットしかないやり方は存在しない。そもそも、今のLGBT活動家の運動のあり方は私のような人間の意見をいないことにし続けている。これは良いことなんでしょうか?だから、今のあり方だって問題でしょう。

私が思うのは、私のような当事者の声をいないことしないといけないほど、LGBT活動家はどこにもぶつけようの無いフラストレーションが溜まっているのではないでしょうか?私もセクシャルマイノリティは生きづらいと思う。だとしたらやはり、社会的にも問題だし、私が提案する性的指向を変更できる自由はあってもいいと思う。

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