ダブルマイノリティーが考える、発達障害当事者が薬を飲んで思うこと、私の処世術

こんにちは、Lです。

今回は、ダブルマイノリティー(元トリプルマイノリティー)の私が色々経て、発達障害の薬を飲んで思うこと、私の処世術を紹介したいと思います。

そして、スピリチュアルと腐れ縁だった私だから出来る(?)スピの考察をしてみます。

万人向けと言うより、同じような境遇の人向けの記事です。

精神を病む要因を実体験から考察

「仕事ができないこと」と「周囲と調和できないこと」の両方が揃うことだ。

これが出来なくなる原因があります。

前者は、要領が悪い、集中力が続かない、注意力がない、多動傾向がありセルフコントロールができないetc…

後者は、他人の気持ちが読み取れない、認知の歪み、ネガティブ、打たれ弱いetc…

経験を積む、努力や効率的なやり方を見つけることでカバーできることもある一方、そうでないこともある。

出来ないのは脳の基質的(先天的)な原因だろう。

脳には部位ごとに、生きる上で必要な機能が色々ある。本来必要なその脳機能が弱いか、それをいい塩梅に抑制する機能が弱いとその人は苦労するだろう。

人の気持ちを汲み取る部位、作業時に周囲に注意を払う部位、解決法を建設的に考える部位…。

例えば、扁桃体を損傷した人は蛇とか毒グモを平気で触れるとかは有名な話だね。

逆に、危機管理をする部位が機能亢進すれば、過剰に不安に苛まれる人間になるのかもしれない(不安障害、対人恐怖症)。

発達障害の人は、仕事時に注意を払うことができる部位の活動が弱いらしい。

私はというと、発達障害の気があり、うっかりミスが多くて仕事の効率も何かと悪かった。

確かに私はメンサ会員なのだが、これは知能の一側面にすぎないと痛感している。総合力の求められる仕事に太刀打ちできなかった。

さらに、私はセクシャリティーが複雑なこともあり、周囲の人間との折り合いが難しかった。

精神を病む要因が揃うとどうなるか?

精神を病むか、厭世的な思想になるか、反社会的な行動に出て自分を保つかだ。

反社会的な行動とは暴力、犯罪、ドラッグなどだ。怪しげなスピリチュアルもこれに片足を突っ込んでいる。 

私はうつ気味になり、その結果スピリチュアルにハマった。そこで厭世観とスピリチュアルに頼った人生観を作って自分を保ってきた。そして色々あってうつ病になった。

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引用:https://taiko-ch.net/chara/donkatsu.php

\トリプルマイノリティーでフルコンボだドン!() /

では先天的な問題を抱える人はどうしたら良い?

私は脳の機能不全を抑えて、フラットでフェアな条件にしてから人生を頑張るべきと思う。

私は、教祖の矛盾した発言を聞いてその宗教を信じられなくなってきていた。そんな中、生活習慣の改善でうつ病が治った。もとい、オナ禁(オナ減)である。これで、抜け出せた。

私のように、生活習慣の改善で本来、各人が持っている脳機能を十分に発揮できる可能性がある。しかし、障害になっているものは人それぞれだろうから是非色々試して欲しい。

しかし、まだ私は上記の人が精神を病む条件を満たしていた。

どういうことかと言うと、私の発達障害レベルは、セクシャルシャリティーでないなら、薬が要らないくらい軽微orボーダーレベルと思う。周囲と上手くやれれば、なんとかなっただろうから。でも、仕事の評価は人間関係が半分だ。そんなもんなので、私は会社から困った奴扱いされかねない状況だった。

オナ禁のお陰で確かにメンタルは打たれ強くなるのだが、それでもストレス耐性には限界がある。また、変なスピリチュアルにハマってしまいそうだった。

ありとあらゆる生活習慣改善を試してもダメだったから、それから、発達障害の薬を試した。

(それに、正直に言えば、私のセクシャリティーの悩みについても、脳活動を調整すれば、自分にとって心地良いように変わってくれるのではないかと言う微かな期待も込めて薬を飲んでいる。)

発達障害の薬を飲んで分かったこと

気づくのは「ああ、普通の人の注意力・思考の仕方はこういうものなのだろうか」といった感覚だ。

仕事の飲み込み力も向上した、というかこれが一般人にとっての普通なのか?

結局、助けになったこと

いかにして自分の脳の劣っている部分をフラットにするかだ。自前の問題解決力を身につけること、そのためには薬に頼るのもありでは?と私は考える。

飲んで正解だと思っている。おかげで、仕事の出来は及第点ラインでは?だから、今はこの生活を続けていきたい。

発達障害に限らず、不安障害などの障害について、いろんな研究結果が続々と出てきており、個人輸入で薬も手に入る時代だ。色々と選択肢はあるよなあと思う。

こうやって、なるべく人と同じ土俵に立って、人生に変な言い訳をせずに、強く生きていきたい

勿論、社会は一人の人間が頑張ったところでなんともならない部分もあるし、都合の良い解釈や言い訳を捏ねないとやってられないケースもあるだろう。私も今後、そういう時期が訪れるかもしれない。それでも、なんとか都合の良い言い訳は減らしていきたいと思っているのだ。言い訳はいくらでもこねくり回せるし、一度許すとどんどん言い訳を増やしていきそうだから。

スピリチュアルについて

(確かに、人としてどう生きるべきかを考えることは大事だが、)生きづらさから「救いを求めて」スピリチュアルに頼るというのは、求道的な生き方の探求の入口が違う

一見自分は正しい、崇高なことをしているように錯覚してしまうからタチが悪い。

結局、あるスピリチュアルに入信してもしばらく経って目が冷めて傷つき、今度は別の団体にハマって…の繰り返しだ。

そもそも、脳機能の欠点をカバーして、自分で考える力を持ち、社会ストレスも過度にかかっていない状態にしてからでないと、まともな求道なんてできないだろう。

だから、スピリチュアルと距離を置けたことは、良かったことの1つだ

一言でいえば、スピ漬けになるくらいなら、リスクを負って薬の力を借りてでも、社会と調和して生きていくことの方がいいのでは?ってこと。

脳に作用する薬の今後のあり方

発達障害薬に限らず、スマートドラッグの是非の議論は割れているが、少なくとも平均以下の人間が平均まで知能をあげる権利は認めるべきだ。

同時に、なぜこんなに発達障害者が増えているのかを考えるべきだ。

とはいえ、薬の是非にとどまらず脳の研究や法整備、有識者が世間に正しい理解を広める活動が進むのは、まだまだ先になるだろう。本当は、もっと早急に進んで欲しいところなのだが。

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そもそも、大なり小なり、みんななにかしらの脳のトラブルは持っているだろう。

人は仕事で成果さえ出していればとりあえずは生活できるから、表立っては分からない。

さらに、自分が生きづらさを感じておらず、且つ他人に大きな迷惑をかけていないのならば、他人との違いは個性と言える。(問題は、他人に迷惑をかけている自覚があるかだが、、)

しかし極端な例を挙げれば、内心では危険な思想の持ち主や、ポリティカルコレクトネスにかこつけすぎる過激な活動家、法律スレスレの違法行為を行って法改正といたちごっこをする人間なども、脳のトラブルに近いものがあると思う。

こういう人間が、健全な社会の発展を阻害している。

最後に注意点

そんなこんなで、私はリスクを踏まえながら、自分で考え薬を慎重に試している。

繰り返すが、生活習慣の改善でなんとかならないか、試してからだ。

さらに、薬には副作用がつきものだ。後年に脳機能の重大なダメージが現れるかもしれない。特に、発達障害の薬が生殖能力にどのような影響を与えるか分からない。だから、飲まないで社会生活できるなら、飲まないに越したことはない。

私はセクシャリティーが曖昧なこともあり、私は子供を持つことは諦めている。親よりも1秒でも長く生きられたら、ひとまずはそれで良い。だから、人より思い切った選択を取れる。

私のような生き方を勧めているわけではない。何が正解かは分からない。

「こんな選択をしてる人もいるんだなあ」と生き方の参考にしてくれればそれで幸いだ。

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